「犯罪被害者の会」からの教訓



■ 企業と個人(8年の死闘後得た勝訴判決) 2000.6.4作成

 個人がその小さな力で企業を相手に訴訟を挑んだ時、殆どが敗北です。ここにご紹介する事例はその前例を覆した夫婦の壮絶な戦いです。見事勝ち得た判決は、同種の問題を抱えている人達の灯りとなると信じ冒頭に「好事例紹介」としてみました。

 ★ 三洋電機「冷凍庫火災・全焼事故」

 福島県いわき市の西方、郡山市に通じる国道49号沿いで(味郷・みさと)と言う喫茶&れすとらんを営み、順風満帆な生活を送っていました、北川 公造・丈子夫妻の事件です。
 平成3年7月1日の夜、閉店後出かけたスーパーの「ラジオ火災情報」で二人は自店の出火を知り、急ぎ戻った時にはすでに全焼鎮火の我が家(店)でした。
 翌日の消防・警察の合同検証で出火源は冷凍庫、営業中若しくは在宅中であれば死傷者の出るような火災であったとの事でした。勿論夫婦に過失責任はなく「留守中で助かったのだから」と慰められながらも、多額の費用がかかる再建を考えると途方に暮れる日々であつた。
 そしてこの日から企業責任を追及する戦いが始まったのです。

 「三洋電機の対応」

 出火源と確定された冷凍庫を製造販売した三洋電機との交渉は、店をオープンした時に冷凍庫を納入した食材問屋の仲介で始まりましたが難航を極めました。
 夫婦は現場検証判断から、誠意ある早期対応を望みましたが三洋電機側は出火元について、あくまで冷凍庫付近と位置付け「原因不明」と言い続けました。その裏では警察署内で事故冷凍庫を技術担当社員が検証。交渉の席では「隠しマイク」を使う卑劣さ・・・11月の交渉時にそれまで嘘をつき裏工作をしていた事が写真提出で明るみになりました。
 その後の交渉は本社お客様担当部長等が訪れ、手元にあった事故品の鑑定実験を再三要求して来ましたが、交渉態度は高圧的で隠蔽、誠意なき対応は続き、もし事故品を提供すれば黒を白とするのではとの疑念が増大、信用すら出来ないと思え断る事にしました。
 約一年経過した頃、お見舞金といいながら300万円を提示、これを解決金とする提案、断りますと今度は被害損害金額の提示を求められたので要求回答すると、不満とし振り出しに戻され「顧問弁護士」を窓口にする対応。最終的には出火は冷凍庫ではなく「原因不明」とし、更に夫婦が無茶な要求をしているとして逆に「債務不存在を理由とする調停申し立て」を郡山簡裁に提訴して来たのです。
 夫婦は「これでは今までこの種事故で泣き寝入り」させられていた方々と同じく押し潰されると判断し訴訟の場で戦わざるを得ないと勇気ある決断をしたのです。

 「弁護士依頼への道筋」

 この種の訴訟では「専門の弁護士」が必要とのアドバイスを受け、事故経過・写真を同封し消費者の為と称する評論家・弁護士等々に連絡をとりましたが、いずれも返信を貰えなかつた。
 そんな折、PL法制定に消費者側委員として活動していた東京都地域婦人団体連盟・田中里子氏のイラスト紹介記事を目にし同様の連絡をしたところすぐに電話をもらい、PL弁護団・中村雅人弁護士の紹介を得たのです。

 「東京地裁、訴訟〜勝訴まで」・・冷凍庫夫妻と呼ばれた年月

 弁護士にたどりつき依頼をしたのが「時効3日前」、その後半年の調査の末、平成6年12月14日訴状をやっと提出することが出来たが、すでに火災から3年半が経過していたのである。
 そして、尋問・鑑定等々24回・・・5年に及ぶ法廷闘争の日々。夫婦は郡山市からすべて出廷・・・「あの人達は冷凍庫火災の・・」と言われながら。平成11年8月31日夫婦にはPL法を踏まえた「全面勝訴」の判決を勝ち得たが「実に火災からまる8年」が経過していたのである。

 夫妻は自らの戦いの日々を

 真実の証明にこれ程苦難の道を歩まねば結論が出せない根源は、被害者に対する「潰せる」と言う企業の許せない姿勢と裁判の長期化です。そして勝訴判決が下されても現実に被害者は、苦しい生活から救われていないのが実情です 三洋電機は一旦控訴、その後取り下げ判決が確定しました。しかし陰では「冷凍庫裁判は不当判決」と言い続けているようです・・・と回顧している。

 「その後の夫妻の歩みと活動」

 夫妻はこの8年に及ぶ戦いで心身ともに疲れ、お孫さんのいる横浜市に転居(平成13年〜)し平穏な生活に戻つていますが、三洋電機側が再三にわたり「当局から責任が断定されれば、企業の社会的責任において誠意ある対応をする」と公言されていた証明として一日でも早く「誠意ある謝罪」を要求して行きたいとの思いである。
 また、自らの教訓を生かして「被害者の相談窓口」ひいては「司法制度改革実現運動の関係団体」との交流を深めているのです。

  山田 修 雑感

 夫婦仲良く、田舎の小さな飲食店で楽しい余生を・・・その現実が、まさしく一夜のうちに崩壊・・その後の8年余は何の法律知識も必要としなかつた夫妻がすべてを捨てた生活の毎日。
 いつ起きるとも知れない事故・・・誰もがその当事者になるかも知れない。北川夫妻は本当にまれな勝訴判決を得たがそれとてこんな明白な事件でも8年余りの歳月が・・・。貴方に起きた事件・事故を「初動措置」で適切な対応。また「この人」と言える弁護士本当に幾つかの幸運(強運)が重ならなけらば残念ながら、企業(組織)と個人の戦いは一様にむなしい結果です。
 北川夫妻はこのような人達に参考になればと連絡先を公開しております。

 Eメール
 kitagawa@mcc.spacetown.ne.jp



■ 警察現場の無能力・・・被害者の立場から (2000.6.15作成)

 被害者は殆どが法律に無知な人達です。いままで数多い被害者から「警察に届けても(民事不関与)だ」と言われた、それはその犯罪にはならない、民事でやっているのだから、被害内容をしっかりまとめてから来るように、本当に被害にあったの?管轄が違う、今日は担当がいないので、・・・・等々言われ「すぐには扱って貰えなかった」との言葉を耳にする。
 私が警察OBである事を知り、苦情めいた言葉なのであるが残念ながら「その通り」と言わざるを得ない。 どうして、警察が時としてそんな取り扱いをするのか考えてみると・・・

 今日の社会がそうさせた「弱い警察」

 警察生活20年の経験を持つ私がその後の一般社会で、「警察・・なんと力不足」と感じる事が度々あります。現に今でも幾人かの「後輩」との接触がありますが「弱い警察」の指摘に反論する「後輩」はみられません。現職当時「消防士」に団結権が認められた時、やがてすべての公務員にも「労働三権」が認められると危惧されたものです。
 もし警察に「労働三権」が認められたら、極端に言えば「今スト中ですから後日届け出て下さい」との事になるのです。労働者としての当然の権利が認められない職業それが「公務員」だったのです。
 ところが「当然の権利が否定される」と、その代償を求めるのは世の常で「労働三権」が認められない公務員の代償として、どんな不景気でも「人事院勧告」により給料が昇給したり、勤務体制が緩和されたり、すばらしい庁舎が与えられたり、装備資機材が十分に提供されたりとの事になっていくのです。
 「あれもこれも」との規制や注文が社会から要求されると、その代償として組織の中に「ぬるま湯現象」が起き、それが「弱い警察」の根底になっているのです。

 親方「日の丸」

 バブル崩壊後には「ホワイトカラー」と呼ばれ日本経済の中核となって働いた「サラリーマン」の姿が今新宿の中央公園にある。リストラリストラで民間企業は思い切った人減らし・・ところが公務員は「肩たたき」が少し早まっても、加算の退職金でゆっくり「再就職探し」・・・そんな親方「日の丸」が公務員、少なくとも警察官を弱くしている。
 「休まず、遅れず、働かず」「制服を着ているだけで勤務中」と言う気質が警察官のなかにあったら、誰も獲物(犯人)を追う狩人(刑事)とはならず、困難を回避する給料泥棒となってしまう。
 許認可の申請などで良く所轄の警察を訪れるが、刑事部屋の各机にはパソコンが並び多くのデカさんがそれを扱っている。「情報機器」としての使用はある面必要かも知れないが、果たして本当に「自分の足」でかせいだ「情報(ネタ)」を人に提供するであろうか?
 そんなパソコンに向かう姿が「プロのデカ」とは程遠い、警察官を作り上げているとつくずく思うのです。
 「そこそこの仕事をしていれば」と言う公務員気質が「弱い警察」を作り上げているのです。

 犯罪の多様化

 社会が多様化・国際化してきた事が警察の対応を鈍らせているのです。
 今までであれば、「犯罪手口分類」と言う集積された資料で、ある程度犯人像を絞り込むことが出来たのですが、今日の犯罪はそれを困難にしています。
 数年前、神奈川県下で起きた「スーパー店員殺人事件」で、その傷口は今まで使用された事のない刃物での傷口であったり、新潟県下で9年間にも及ぶ「拉致事件」の犯人は平然と社会生活を営む人間、また人命の尊さを全く無視した猟奇殺人事件の数々・・・・どれをとっても前記分類にはない犯罪なのです。
 刑法やその他の特別法規で予期していないような犯罪が次々に起きているのです。 そんな犯罪を解明し犯人に近ずく為には、今まで以上に豊富な知識を吸収し物事に柔軟な対応の出来る、本当にプロの捜査官が求められるのです。

 現実を理解していない法曹界

 最近、「司法制度の改革」や「検察官の民間研修制度」などと言う事が取り沙汰されていますが、被害を受理し、犯人を裁く側がの裁判官・検察官が現実を全く理解していないと言う事も、警察現場を弱くしている原因です。
 警察は犯人を検挙すると48時間以内に検察官に送致します。そしてその犯人にどんな罰を要求するかは法廷の場で検察官が行うのです。ですから検察官は送致を受けた犯人を独断で起訴しない事もでき、その事を何ら逮捕警察に告げる事も無いのです。
 時として「こんな細かい事件」までもってきてと「迷惑顔」を露骨にしたりするのです。警察が被害者の心情から「何とか起訴を」と思っても、検察官の考え一つでどうにでもなってしまうのです。
 最近、世田谷区で大型トラックに轢かれた子供の死亡事故を、検察官が「不起訴処分」にした事をを不服とし、その両親が活動した事は記憶に新しいと思います。二人は管轄署に何度通ったことでしょう。しかし「警察ではどうにもならない」それが検察官の下した「不起訴処分」なのです。
 幸い「検察審査会」に提訴し「起訴相当」との議決により、再捜査となったようですが「検察!何考えてるんだ」と言いたくなる事例です。多くの署名とマスコミの活発な報道があったからこそ再捜査・起訴となったのであり、「不起訴」と言う不当処分に泣いている被害者がたくさんいるのです。
 警察にとって「絶対的優位」にある検察官の腹一つで残念ながら「犯人はどうにでもなる」と言えるのです。



■ いい捜査・有能な弁護士・公平な裁判があなたを助ける
(2001.6.20 作成)

 この項目も幾人かの被害者の事例からの教訓であるが、その被害者が勝利を勝ち得る三大要件が「捜査・弁護士・裁判官」である。
 およそ法律と言うものは一般的な記載方法(残念ながらいいかげん)をしているもので、誰でも「法の下では平等」とされるのであるが、現実はかなり違っている。
 提携先の弁護士は「全く○○裁判官は世の中の事を知らない」「裁判官の当たり外れで判決はどうにでもなる」と言ってはばからない。
 そして、自らが弁護士なのに「弁護士も金くれ、脳なし、いいかげんで半分クズだ!」とも自戒している。
 そして私が「警察官の実力・実情」を熟知している。・・・・となると本当にそれらすべてに「当たりくじ」を引いた被害者だけが「正しい法のレール」に乗れる事になり、極めて困難な事である。

 いい捜査

 被害者は「警察に行けば」と考える。「強盗・殺人・傷害などの現行犯がまさに行われている」と言うのであれば我れ先にと警察官は臨場する。
 しかし身近な犯罪名では、窃盗・詐欺・横領に遭いましたと届けた時、警察はどんな対応をしてくれるだろうか?
 多分、「あとで担当者を向ける」「被害届をとっておく」「本署のほうで聞く」等々、本当に捜査してくれるのだろうか?との疑問を持つ対応となるでしょう。
 そして、その届出がどうなったかなどは聞くすべもない。「届けたから捜査してくれている」などとは断じて思わないほうが良い。ひどい扱いでは「犯人が捕まっても金は戻ってこないよ!」と平然と言う始末である。
 それら事件は警察内部の扱いで「一定の条件」を満たしていないとすぐには対応しない事件なのである。

-- それでは少しでも警察を動かす一般的手法を挙げてみますと --

110番をする(出来る事件はすぐに)通報記録と通報受理後の措置が指令本部に残るので効果的
被害を受けた時の状況を明確に記録し伝える(いつ・どこで・誰に・何が・どうして・どうなった)
親族等、被害関係者と複数で届け出る。
受理した担当者を教えてもらい、その後の経過を要求する。

 有能な弁護士

 最近になって、地下鉄の車内広告などで「法律事務所・弁護士」のポスターを見かけるようになったが、被害者の多くが「どの弁護士に依頼したらよいか判らない」と言うのである。
 事件は千差万別・・すべての事件をどの弁護士でも出来るのであろうか?「ノー」である。

 そして依頼に行くと「出来ない」とは言わない。

 今までの経験や得手不得手の事件を、経歴や紹介の中にでも明記すべきと思うが誰もやっていない。無料相談所や知り合いの紹介で選任する。とんだ間違えである。その事で多大な不利益を被った被害者の会員がいる。何回も解任・選任を繰り替えさざるを得ない結果となって、裁判官から「故意に遅延させている」と判断されてしまった。
 選任当初に「この弁護士ならば」と言う適任者をえらぶ事が極めて重要である。「思い通りにやってくれない」とせっかく依頼した弁護士を懲罰委員会にかけた事例もよくある。

-- それではどうやって弁護士を選任するか? --

 各弁護士会を尋ね事件の概要を伝え、適任者を紹介してもらう。各弁護士会に責任の一端を預ける事により紛争となりにくく、かつ料金体系なども教えてもらえる。

 公平な裁判

 裁判官の当たりはずれだけは何ともしょうがない。最近、著書を数冊だしている「名判事」の一審判決を被害者の会員が受けたのであるが、120頁に及ぶ判決文は「何とも意味不明」のものであった。結論を要約すると「この法廷にくる前に当事者間で倫理を尽くし話し合うべきだった」と言うものである。
 話し合いが着かないから「法廷での争い」となったのである。これが「名奉行?」膨大な判決文を何度も何度も読み返し唖然としたのである。
 今の裁判官に最も欠如しているものそれは「一般社会に対する知識」「謙虚さ」だと思う。一段高いところから、黒い法衣で見下していては、「当事者の心境」を理解出来ない(しない)のではと思うのです。
 あるとき進歩的・批判的と言われる裁判官のシンポジウムに出席したが、そんな裁判官の集まりですら彼らはぬけぬけと「マイコート(直訳・私の法廷)」と自分の担当法廷を指して言い、「他言無用の思想」が奢りとして定着していると痛感したのである。
 今の「おしらす」には、残念ながら「遠山の金さん」も「大岡越前」もいないのです。
 余りに不当な裁判官は稀に「忌避の申し立て」をする事が可能ですが、まず無理でしょう・・・この項だけは「どうぞ良い裁判官に当たりますように」と祈るしか手はないようです。